このブログを一番読んでるのは自分自身というタカウチです。
アバッキオ回ですね。
感想よりも黄金の精神についての語りが長くなってしまってます。
ジョジョの奇妙な冒険
第五部 黄金の風
第28話 今にも落ちてきそうな空の下で
名シーン連発でアニメでもさらに良くなっている最高だらけなわけですが。
今回の話は特に、荒木先生の人間讃歌、黄金の精神が非常にわかりやすく述べられていると思っています。
荒木先生は作品のテーマを説明することはないし、意図的に説明を削っています。
しかし、その物語が雄弁に語っていますね。
今回、アバッキオの同僚は、真実に向かう意志こそが大事だと言っています。
結果ばかりを追い求めると人は近道をしようとし、疲労する。
真実に向かっていることがいずれ必ず、正しい結果に結びつく、という。
これは自分がよしとする結果を追い求め、それ以外を拒否して消し飛ばすキング・クリムゾンと対になっています。
この感想、確かにそうだと思いました。
では、アバッキオの同僚が真に語りたいことはなんだったのでしょうか?
成果主義とプロセス主義の二項対立?
そんな単純でもないような・・・。
タカウチの私見ですが、
結果ばかりを追い求め、正しくない方法や人を陥れる方法では成果は得られない、という感じかなということが一つ。
そして、もう一つはビジョンを描き、進んできたものたちへの答えなのかな、と思いました。
特にディアボロとジョルノはビジョンが明確かつ自分が絶対にそれを成し遂げると信じています。
だからこそ大きな求心力を持っていて、人が付いてきてます。
ビジョンを突き進む中、困難にぶち当たったり、結果を追うことだけに目を向けると、脱落していくものも当然でます。
それが失敗なのでしょうか?
成果を得られないものは敗北なのでしょうか?
その答えが、アバッキオの同僚の言葉だと思います。
特に、ジョジョ世界は「運命」が決まっています。
少なくとも、第五部までは決まっていました。
この運命の奴隷であるがゆえに結果は変わらないと何もしないのか、無理やり運命を捻じ曲げるのか、最後はどうあれ自分は全てを尽くして信じるものに向かったのか。
ここに黄金の精神、いずれ目覚める運命の奴隷があるのかな、とこの話を大人になってから読んで、改めてアニメで見て感じました。
さて、アニメ以外の感想が長くなってしまったので(笑)。
アニメの感想に入ります。
リゾット最後のあがき。
執念最高ですね。
そしてキング・クリムゾンの正しい使い方。
かっこいい!
時を0.5秒だけ吹き飛ばすとか、キング・クリムゾンはやはり防御向きの能力だよなぁ。
このシーンでボスはリゾットの右足をつかんで語ってますが、
その前のシーンでなぜか足がつながってます!
これはアニメだけのミスですね(笑)
Blu-rayでどう修正するんでしょうか?
アニメではドッピオ隠しきれない問題。
このあともずっとピンク髪のドッピオは目立ち続けます。
モブなところからのゴゴゴゴゴも好きなんですけどね。
今にも落ちてきそうな空、モノクロからの転調、素晴らしい演出でした 。
泣ける。
そして、どれが正解というわけでもなく、読者の感情に優しいなと思います。
ムーディー・ブルースは最後の力を振り絞ってデスマスクをつくった!
読んだ当時は似てねぇッ!って思ってましたが、これはデスマスクを裏側から見てるからだったんですね(笑)。
よくある疑問ですが、ムーディー・ブルースはどうやって石柱にボスの顔を焼き付けたのか?
タカウチはこう考えます。
死にゆくアバッキオは同僚との会話により、最期の瞬間に自らの内の黄金の精神に気づきます。
変えられない過去を繰り返し気にして前に進めなかったアバッキオは自身のムーディー・ブルースを自分の象徴と思っていたことでしょう。
それが、本体の死と共に解放され、さらに「真実へと向かう標となる」ことが自分のスタンドだと再解釈したとき、ムーディー・ブルースは「解放されたスタンド」となって消え去るまでの間に、「生命エネルギー」を燃やし尽くしながら自身の役割を全うしたのだと思います。
スタンドに目覚めて「生命エネルギー」が活発に流れ出ているとき、「矢」が肉体に食い込みシューシューと煙を放つようになる。
これと同じことが消えゆくムーディー・ブルースに起きたために石柱にデスマスクが出来たのだと思います。
「解放されたスタンド」、非常に稀な例ですが、DIOもザ・ワールドを捨て去り解放しようとしていましたね!
次の舞台はローマ!
みんな大好きなゲスコンビですね、楽しみです。
出典:荒木飛呂彦原作 集英社出版 ジョジョの奇妙な冒険
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